夏野氏、吠える。

"なぜ大企業が突然潰れるのか"という刺激的な表題につられて購入してしまった。

巻末をみると、もともとは『Voice』に連載していた「"複雑系"IT戦略論」ベースに加筆修正したものだ。
このためか、若干論旨が細切れになってしまっているのが残念。
題材は、IT関係から教育、政治と多岐に渡っている。全編を通じ、現状の不満とそれを打破すべしという意気込みが伝わってくる。

さて、第三章では、"2020年・日本の携帯電話メーカは全滅!?"と題し、日本企業の行く末を案じている。
日本の携帯電話メーカが世界で戦えない理由を、"仕掛け作りができていない"とし、"企業に哲学があるか"と問うている。
ここの"仕掛け作りができていない"ということは重要で、逆にAppleはこの"仕掛け作りができている"としている。
それでは何故、日本の携帯電話メーカは仕掛けを構築できなかったのか?
これは実に不思議で、日本の携帯電話メーカは、携帯電話だけを作っていたわけではない。PCも製造しているし、通信設備も製造している。それに、かつては半導体も世界でトップランキングに名を連ねていた。
三拍子もそろっていてそ、何故仕掛け作りができなかったのだろうか。
おいらが思うに、キャリアの功罪がある。
本著の中でも語られているが、i-modeスマートフォンの先駆けだ。
とにかくi-modeは世界の先頭を突っ走っていた。
ちょっと古いが2009年のMorganStanleyのレポートをみるとそのことが良くわかる。

レポートの右側がi-modeが採用してきたサービスだ。左側がAppleや米国企業が取り込んできたサービスだ。i-modeがどれほど先進的だったが良くわかる。
それと、おサイフケータイ。2009年のレポートでは、日本のMobile Paid Serviceは、米国より5年先行しているとしている。

それなのに、何故日本の携帯電話メーカは今の状況に陥ってしまったのか。

まずは、これをみていただこう。
同じく2009年のNTTドコモのレポートがある。このレポートでは、NTTドコモの戦略が記載されており、NTTドコモAppleGoogleMicrosoftNokiaを比較している。

一目瞭然だろう。NTTドコモは、当然のことながら自社のネットワーク回線を持っている。それと比較して、海外メーカは自社のネットワークを持っていない。
自社のネットワークを持っていることがNTTの優位性なのだ。
この優位性は、日本の携帯電話メーカに対する優位性でもある。
それゆえ、NTTドコモの優位性は、日本の携帯電話メーカの優位性とはならないのだ。
反面、海外メーカは自社のネットワークを持っていないのでキャリアの拘束力がないとも言える。

i-modeは時代の先端を走っていたが、日本の携帯電話メーカが時代の先端を走っていたわけではないのだ。NTTドコモの力が余りにもありすぎたがために、日本の携帯電話メーカはNTTドコモに携帯電話というハードを単に供給する立場を取らざるを得なかったのだ。
仮に日本の携帯電話メーカが仕掛けを作ったとしても、それは先端を走るNTTドコモと競合するわけで、そうなったらNTTドコモに携帯電話を納入することが出来なくなるのは目に見えているし、仮に仕掛けを作っても通信ネットワークが利用できなければ、絵に描いた餅で終わってしまう。こうなるとどうにも勝ち目がない。

Appleはそれを十分に理解していて、キャリアに主導権を渡さなかった。キャリアに拘束されることを避けたのだ。

さて、本題に戻ろう。
つぎに"企業に哲学があるか"である。
この辺は、夏野氏もかなり日本の大手企業に対して批判的だ。社長になることがゴールになっており、社長になってそこから自社を発展させて行くビジョンが無いのだ。
そうなのである。日本の企業にはビジョナリーが少ないのだ。特に大手企業にビジョナリーがいない事は、不幸でもある。

本著の副題は、"生き残るための「複雑系思考法」"となっている。この"複雑系"の意味がピンとこない。"複雑系"というよりは、"オープンな"とした方が分かりやすいかもしれない。"オープン"であるがゆえに、情報の伝達が急速であり、逆に予想もされないところから影響を受けるのである。

"おわりに"の文章がよい。夏野氏が自分を語っている。SF好きで、ドラえもんも全巻読破し、自分の原点であるとも書いている。
こういう文章を読むと、夏野氏を身近に感じてしまいますね。