ジョブズの生き様を描きつくした、『ジョブズ伝 下巻』

スティーブ・ジョブズ 2』読了。濃密で、ずっしりと重い一冊だ。

スティーブ・ジョブズ II

スティーブ・ジョブズ II

本著では、スティーブ・ジョブズの生き様が描き尽くされている。
そして、Apple製品の誕生秘話が語られる。

Appleを深く愛したジョブズ
ジョブズAppleに復帰することを決意した瞬間は、どの様なものだったのか

ジョブズは、当初Appleに復帰することに迷っていた。当時ジョブズは、ピクサーのCEOという立場に満足していたのだ。ピクサーAppleの二つの会社のCEOになることに、迷いが生じていた。こに迷いを吹っ切らせたのは、アンディー・グローブの意外な一言だった。
グローブは、ジョブズの相談にこう答える。
"アップルがどうなろうと私の知ったことじゃない。"
この時、ジョブズは自分がどれほどAppleのことを心配していたかに気付かされるのだ。そして、一時的に復帰することを決意する。

それでは、復帰後のジョブズの思いは、どの様なものだったのか。
ジョブズAppleをヒューレッドパッカードのように長続きする会社として再建したかった。本著でも、この思いが繰り返し紹介されている。
この再建のために、辞任を言い渡したマイク・マークラにも助言を求めている。
マークラはこう助言する。
"会社は自らを再発明するものだ。"
その後、Appleはこの言葉どおり、自らを再発明して行くのだ。

ジョブズの最大の功績は、Appleという会社そのものなのである。Appleという会社がジョブズそのものなのだ。
"会社自体が最高のイノベーションになるとわかったんだ。この会社がなければ僕に価値はないとわかった。"

ジョブズAppleという会社に対する熱い思いは、本著の最後でも繰り返されるのだ。
"僕は、いつまでも続く会社を作ることに情熱を燃やしてきた。すごい製品を作りたいと社員が猛烈にがんばる会社を。"

Appleという会社は、ジョブズの情熱が染み渡っている会社なのである。

Appleという会社
Appleの製品戦略のキーポイントを、ジョブズ自身が端的に語っている。
Think Differentのテーマを語った時の言葉だ。
"プロセッサーのスピードやメモリーではなく、創造性だったんだ。"

さて、ジョブズが復帰後最初にしたことは、製品戦略の見直しである。
製品を4つのカテゴリーにのみ集中させた。
消費者とプロ。デスクトップとポータブル。このマトリックスで形成される4製品のみに集中させたのだ。この戦略は大胆でありかつシンプルだ。
この製品絞り切る戦略は、多くに面で有利だ。開発コストも思い切って集中できるし、製造コストや部材の管理も簡素化できる。会社の経営として身軽でシンプルだ。

Appleの製品戦略はどのようにして、練られるのか。
月曜朝の会議に秘密がありそうだ。会議の焦点は将来である。将来に向けての製品展開が焦点となる。ジョブズはこの会議を通じて、Apple全体にミッションを与えていた。
これにより、分権化した会社で問題となるような部門間の対立がなくなるのだ。
例えば、SONYiPodのような製品を市場に出すチャンス、いや、資格があった。ただ、SONYにはそれができなかった。部門間の利害対立を調整しきれなかったからだ。部門間の独立採算制を採用しているがゆえに、部門間の連携で相乗効果をうみだすことが難しいからだ。ただこれは、SONYだけの問題ではない。これは、多くの大企業にとって、耳が痛い話だろう。

それでは、Appleはどの様な会社なのか?
ティム・クックが言及している。
"アップルには、損益計算書を持つ『部門』はありません。会社全体で損益を考えるのです。"
これって、小さな企業であればわからなくもないが、大企業となってしまったAppleが、この仕組みを運営し続けられているところが不思議だ。
 
Appleの製品開発秘話
本著では、アイブもたびたび登場する。
真のシンプルさを求めるためには、どうしたらいいのかを語ってくれるアイブの言葉もいい。そして、そこにはApple製品の開発戦略の秘密も垣間見ることができるのだ。
"つまり製品の本質を深く理解しなければ、不可欠でない部分を削ることはできません。"
これを実現するために、Appleではどうしていたのか。
"デザイナー、製品ディベロッパー、エンジニア、製品チームが細かく協力する必要がありました。"
部品の必要性を検討するのに、"スタート地点まで何度も戻ったものです。"

アイブのデザインスタジオでのインタビューが記載されているが、その場が、Appleの製品計画に大きく関与していることが分かる。
"ここなら、iPhoneiPadiMacにノートブックなど、アップルが検討中の製品がすべて見わたせます。"
"彼はいろいろなものを関係性で把握するのですが、会社が大きくなるとそうするのはとても難しくなります。ここのテーブルにモデルを並べて一覧することで、スティーブは3年先の未来を見るのです。"
ジョブズは、製品全体を常に俯瞰しながら、製品戦略を練っていたんですね。
この手法は、他の企業でも応用がきくかもしれません。

本著では、iPod開発の経緯詳細が書かれている。
デジタルハブ戦略の一環であっるiTunesをリリースし、次のステップは、ポータブル音楽プレイヤーを作ることにあった。
iPodは今年10周年を迎えた。iPodは、Apple発展の原動力ともなった製品だ。
本著を読むと、iPodを単なるポータブル音楽プレイヤーではなく、画期的なUIツール、音楽コンテンツの販売革命を導いた製品、コマーシャルの変革(ただでも出演したいコマーシャル。白いマイクロイヤホンを際立たせたシルエット描写。)をもたらした製品としても高く評価されるべきだと感じます。

ジョブズiPodに対する熱い思いも語られている。
マイクロソフトiPodに対抗する「ズーン」を製品化したが、結局売れずじまいであった。
"僕は、年を取るほど、モチベーションが大事だと思うようになった。アップルが勝ったのは、僕ら一人ひとりが音楽を大好きだったから。みんな、iPodを自分のためにはつくったんだ。"

そして、iPhone誕生。
iPhone誕生のトリガーとなったのは、次の様な危機感からだ。
"携帯は誰でもが持っているので、iPodが不要になってしまうかもしれない。"
これは、ちょっと意外でした。iPhoneは生まれるべくして生まれたのですね。

iPhoneは2種類のモデルを並行して試作している。ホイール型とマルチタッチ型の2種類だ。
普通の会社は、事前検討段階でどちらかに絞ってしまうだろう。Appleはそこが違う。デバイスの使い心地は、やはり手で触れて操作してみないと分からない。Appleはそのことを十分に理解している証拠でもある。

iPadの大きさも、20種類のタイプを試作している。
iPadのCPUを何にするかは、ジョブズとトニー・ファデルとは意見が食い違っていたようだ。ジョブズインテルチップを採用しようとしたが、ファデルはARMチップを推奨する。
結局ジョブズが折れ、iPadにはARMのチップが採用された。
驚くのは、ジョブズの身の変わりの早さだ。ARMチップ採用決定後は、徹底的にサポートしたのだ。
インテルに対するジョブズのコメントも紹介されているが、ちょっと手厳しい内容となっている。

iPhone4のアンテナ問題についても本著では触れられている。
iPhone4のアンテナ問題に対するAppleジョブズの対応はベストであった。この辺の対応のうまさについては、おいらも当時ブログで書いたので参照されたし。

SmartCoverの最初の思いつきは、ジョブズ自らだったのも驚きだ。
本著では、"そのころたまたま磁石についての論文を見つけ、アイブに渡した。"と書かれている。
ここで驚くのが、CEOの立場でありながら、素材に関する論文にも目を通していることだ。

ポストPC
やはり気になるのは、今後のAppleについて語っている内容だ。
まずは、ポストPC時代の機器について、ジョブズは次のように語っている。
"アップルのDNAには、技術だけでは不十分だと刻まれている。我々の心を震わせるような成果をもたらすのは人間性と結びついた技術だと、我々は信じている。ポストPC時代を担う機器はなおさらそうだ。"
この"人間性と結びついた技術"というものが、キーだ。iPhone4SでサポートされたSiriをみればわかる。

ジョブズiCloudに対する意気込は、次のようだ。今後Appleがどの様な一面をみせてくれるかうらなう上で重要かもしれない。
"ユーザとクラウドとの関係を管理する会社に僕らはならなきゃいけない。"
"コンピュータがデジタルハブになると見抜いたのはアップルだ。"
"でもこの先数年で、ハブはユーザのコンピュータからクラウドに移る。デジタルハブ戦略という意味では同じだけど、ハブの場所が変わるんだ。"

AppleTVに言及する箇所もちょこっとあります。
"想像したこともないほどシンプルなユーザインターフェイスにする。どうすればいいか、ようやくつかんだんだ。"
非常に気になる発言です。この発言を信じれば、いままでホビーであったAppleTVが今後重要なビジネスとなるということです。
AppleTVの完成形は、どこまで進んでいるのか非常に気になるところです。

ジョブズ
本著では、音楽好きのジョブズの一面がよく描かれています。
グレン・グールドの演奏によるバッハの「ゴールドベルク変奏曲」について、無名のピアニスト時代に演奏した曲と、死ぬ前年に演奏した曲を聴き比べ感想をポツリともらす場面が印象的であった。ジョブズの感想はこうです。
"ふたつの演奏は昼と夜のようだ。"

当然のことながら、ボブディランについてもたっぷりと語られている。
ジョブズの激走の人生を言い表すかのように、ジョブズ自ら、ディランの言葉を引用している。
"「生きるのに忙しくなければ死ぬのに忙しくなってしまう。」"

ジョブズが結婚20周年に妻のローリーンに送った手紙の内容が抜群にいい。手紙の最後は、こうしめくくられている。
"僕はいまも君に夢中だ。"
思わず、ほろりとしてしまった。

最後は、そのローリーンの、ジョブズについての言葉でしめくくりたいと思います。ジョブズとは、いかなる人物であったかが、端的に語られています。
"たとえば、他人の身になって考えるといった社会的スキルは持ち合わせていません。でも、人類に新たな力を与える、人類を前に進める、人類に適切なツールを提供するということを、あの人は心の底から大事にしています。"