写楽はモー娘。

富田芳和氏の”プロジェクト写楽”の紹介です。本の副題は”新説 江戸のキャラクター・ビジネス”です。

本著の主張はこの副題に言い尽くされています。斬新な切り口で、写楽とは何だったのかに迫っていく好著です。江戸の文化に興味が有る方にもおすすめです。

本著で展開されるのは、”写楽”とはプロジェクト体制で築きあげられたブランド商品であった、という説です。あとがきに『素人の推論』とありますが、いやいや、おいらが読んだ限りは、”写楽”の真相は富田氏が展開する説が、的を射ていると思います。
この新説を展開する根拠もきちっと提示されており説得力があります。

写楽が誰であったのかは、数々の説がとなえられてきました。これは無理もないことで、”写楽”プロジェクトに複数のキーマンが関わっていれば、関わった人それぞれが”写楽”の候補となれるからです。また、”写楽”が活躍したした時代に、”写楽”が誰であるかのを版元の蔦屋重三郎周辺からも正体が明かされていません。これも”写楽”がプロジェクト体制であったことを裏付けるのではないでしょうか。”写楽”は複数の人間が関わっているので、個人が私が写楽だ、と言うことができません。言うにも言えないわけです。
ただ、”写楽”プロジェクトがスタートするためには、斎藤十郎兵衛の存在が欠かせません。それと、斎藤十郎兵衛が能楽師であったことも大きなポイントです。
著者は、次のように書いています。

写楽=斎藤十郎兵衛は、役者絵に能面の体系をもち込むことによって、あの新しい強力なキャラクター・イメージをつくり上げた。
写楽”の浮世絵は、この能面の体系が隠されているために、”写楽”の絵は海外でも賞賛されたのです。

おいらが一番興味をもったのは、やはり蔦屋重三郎です。この方の発想は現代にも通じます。”写楽”というブランド戦略は、今でいえば、”モー娘。”や”AKB48”の戦略と同じです。”モー娘。”や”AKB48”は複数のメンバーが参加し、メンバーが入れ替わっても”モー娘。”や”AKB48”のブランドは維持され続けます。”写楽”は、”モー娘。”なのです。
今の時代に蔦屋重三郎が登場していたら、出版界やTVメディアに旋風を巻き起こしていたのではないでしょうか。
もう一つ注目すべきことは、”写楽”をキャラクター・ビジネスに結びつけていることです。キャラクター・ビジネスは今やあたり前のことですが、それを何と江戸時代に実現しているのです。
蔦屋重三郎おそるべしです。

本著を読むと、江戸の庶民の流行発信源は、吉原の人気花魁や歌舞伎が担っていたことが分かります。何かこれも現代と全く同じですね。吉原の人気花魁や歌舞伎俳優は、いまの芸能界や映画界のスターと同じです。それに、歌麿の”当時三美人”に代表されるような、カリスマ美人もいたのです。全く今の時代と同じです。
江戸の庶民の生活を想像すると、何かわくわくしてきます。江戸の庶民文化は、もっとスポットライトを当ててもいいのではないでしょうか。
著者の江戸文化に対する思いが強く伝わってくる箇所があります。

生活や余暇をどう楽しむかという工夫は、技術や材料の差はあれ、江戸というきわめて成熟した文化状況のなかで、一つの究極がつきつめられたということなのである。写楽に限らず、日常生活からエンターテイメントまで、アイデアという点で、今日の時代に存在して江戸にないものを見つけ出すことが意外に難しい。むしろ、江戸のあって現代にないものは、それ以上にあるように思えるのである
今や海外ではクールジャパンがもてはやされています。著者は、この「クールジャパン」を推し進めるためには、写楽プロジェクトのようなビジネス戦略が必要であるとも主張しています。同感です。

ところで、東洲斎写楽の”東洲斎(とう・しゅう・さい)”は”斎(さい)・藤(とう)・十(じゅう)”のアナグラムになっているとの説がありますが、それでは”写楽”とはどのような意味があるのでしょうか?”写楽”とは、文字通り写すことを楽しむことです。もしかしたら、斎藤十郎兵衛が歌舞伎役者の姿を描く(写っとっている)ことを楽しんでいる様を、蔦屋重三郎が”東洲斎写楽”という名前に織り込んだのかもしれませんね。