映画の構造分析

内田本は、やっぱ面白いんですよね。
今回紹介するのは、"映画の構造分析"です。本の副題は、"ハリウッド映画で学べる現代思想"です。

ハリウッド映画で学べる現代思想 映画の構造分析 (文春文庫)

ハリウッド映画で学べる現代思想 映画の構造分析 (文春文庫)

内田本はなぜ面白いのかというと、作者がちゃんと答えを用意してくれています。前がきでは、『映画の本て、売れないんですよね。』と言いつつも、文庫本のためのあとがきには、『では「お金を払ってでも読みたい映画評」とはどんなものでしょうか。』と、きちんと答えを用意してくれています。その答えとは、『一つは「この人以外誰もそんなことを言わないことを書く」ということ。もう一つは、「まとめて読みたくなるもの」を書くこと』の二つです。
このように読者に対して入念に準備された本が面白くないはずがありません。

本書は3部構成となっています。
第一章は映画の構造分析を試みています。この章で取り上げられる映画は、"エイリアン"、"若き勇者たち"、"大脱走"、映画ではないのですが、ポーの"盗まれた手紙"も取り上げられています。続いて"北北西に進路を取れ"、"ゴーストバスターズ"です。
"エイリアン"は、おいらも好きな映画の一つです。構造分析的なアプローチによってその魅力が存分なく解説されています。構造分析すると、その物語に隠されたテーマが重層的であることがわかります。だから何度観ても飽きないのですね。

ところで、"エイリアン"は衝撃的な映画でした。まず、女性を主人公に据えたSF映画としては始めての作品ではないでしょうか。それと、あのぬるぬるとしたイメージをもつ怪物。それまでのSF映画に登場する異星の生物は、異形な生き物としての描写のみでしたが、"エイリアン"では、あのぬるぬるべとべと感により、生理的な不快感と恐怖を観る側に喚起させています。それと一番の恐怖は、人間の内臓に寄生し、突然内蔵を食いちぎって現れる"エイリアン"の子供です。生きた人間の中に寄生して生息している不気味さ。これは誰もがもつ人間の負の意識の象徴なのかもしれません。その負の意識が突然理性を食いちぎって現出するのです。そしてその負の意識の怪物は、生きることのみに進化した最強の生物でもあるのです。

第二章は、"「四人目の会席者」と「第四の壁」"と題し、小津とヒッチコックの作品が取り上げられています。この章では、映画の視点について分析されています。

第三章は、"アメリカン・ミソジニー"と題し、アメリカ人の深層心理について分析しています。この辺のアプローチの仕方は、内田さん独自のものが感じられます。アメリカ人の深層心理には、未だに西部開拓時代の鎮魂が渦巻いているのかもしれません。

全編を通して、ヒッチコックへの言及が多くあります。
ヒッチコック映画の面白さ(=観客を引き込むテクニック)のキモについて触れた箇所があります。ヒッチコックの凄さは、そのキモを体験から学んでしまっていることです。ヒッチコックは、映画のキモが身に染みているのですね。
ちょっといい言葉なので引用しておきます。
『わたしがずっと映画をつくりつづけてきて、何を学んだかというと、マクガフィンにはなんの意味もないほうがいいということだった。体験からこのことには確信がある。しかし、なぜそうなのかということを証明するのはむずかしい。』
ヒッチコックはこのように述べていますが、この"マクガフィン"とは何なのかを、内田さんは次のように言っています。
『「マクガフィン」には際立った特徴があります。それは、マクガフィンは物語の登場人物全員を繋縛し、その欲望も、その判断も、その身ぶりも、そのすべてを支配すること。そして、その力能は、マクガフィンの「身を隠し」、「光の中から逃れ」ようとする本性から発するということです。マクガフィンはただ一つのメッセージしか発信していませ。それは「我に触れるなかれ」です。』
これが、マクガフィンの正体なのです。この"マクガフィン"という考え方は、ヒッチコックの作品以外にも取り入れられています。本著でも取り上げられている、ポーの"盗まれた手紙"にもマクガフィンの効用が上手く使われています。

何はともあれ、映画好きの方にはおすすめの一冊です。