さえずり言語起源論

岡ノ谷一夫著”さえずり言語起源論”を読む。

さえずり言語起源論――新版 小鳥の歌からヒトの言葉へ (岩波科学ライブラリー)

さえずり言語起源論――新版 小鳥の歌からヒトの言葉へ (岩波科学ライブラリー)

ここのところ、言葉の起源について考え続けており、購入した次第である。
(本題とは関係ないのであるが、本著は最近オープンした丸善多摩センター店で購入した。多摩地区には大型書店が少なく、あえて挙げれば立川のオリオン書房くらいであろうか。それが、突如多摩センターに大型書店が誕生した。その広さにはびっくらこいた。とにかく広い。本好きには、まさに天国である。あ〜、これで本の出費が増えるな〜。)

まず、鳥の脳構造はどうなっているのか。
先日のブログでは、人間の言葉を学習し、人間の5歳程度の知能を持つに至ったヨウムのアレックスに関する本を紹介した。従来”Bird Brain”とは”まぬけ”とうい意味で使われていたが、アレックスの言語学習能力がこれを覆したのだ。本著では、鳥の脳構造を図解しこれを裏付けている。鳥の脳は、表面上はつるっとしている。それに比べ人間の脳はしわしわが多く、表面の見た目で鳥の脳には大脳皮質がないと判断されていた。最近の研究ではこれは間違いで、大脳皮質に相当する機能が、大脳基底核の上(脳の奥)に形成されていることが分かっている。

鳥は、さえずりを単純に繰り返している訳ではなく、さえずりにも”文法”があるのだ。この発見が、著者が提唱する”さえずり言語起源論”に結びつく。本著では、歌文法に辿りつくまでの経緯がたった10ページ程度の長さで書かれているが、この歌文法に辿りつくまでには、忍耐強い実験と測定の繰り返しがあったはずだ。

さて、さえずりはどのよう構成になっているのだろうか。
さえずりの構成は、『歌要素がいくつか集まってチャンクをなし、チャンクの配列規則が有限状態文法で規定されて特定のフレーズが歌われる』のである。つまり、”音素”が組み合わされて”ことば”となり、特定の配列規則(文法)により”歌(=さえずり)”となるのである。
ジュウシマツのさえずりを分析すると、複数の”チャンク”があり、この”チャンク”が繰り返されるパターンが決まっている。例えば、”aa”の次には必ず”defg”となり、この次は”aa”にもどるか”ggft”と続くかが決まっているのだ。この”チャンク”の決まった遷移規則がことばの文法の源になっているのではないかということだ。

著者の主張する観点は、この特定の配列規則(=文法)が従来の説では、まず”意味の進化”があり次に”文法の進化”があったという直列進化仮説にをとっていたが、そうではなくて、”意味の進化”と”文法の進化”が並行して現れ、お互いがミックスされて言語の進化となったという主張である。”意味の進化”と”文法の進化”は独立してなされるということだ。
『意味に関しては、シンボルと事物の関係性を社会が共有することで、進化していくことは可能である。いっぽう文法については、歌やダンスなどの複雑な時系列行動が性的ディスプレイとして進化してゆき、そのような行動を支える神経機構が、後に言語の文法を支えるものとして流用されたのかもしれない。』としている。
著者は、これを”性淘汰起源説”としているが、さらにひとひねり加えている。”相互文節化仮説”をこれに付加している。
まずは、『うたうことは、より多くの異性に同時にアピールできる有利さをもつから、歌を洗練させる方向に性淘汰が進んでいった結果、歌を有限状態文法に則ってうたうようになった。』そして、『ある文脈における歌と、他の文脈における歌とが一部の歌節を共有』して、この過程が繰り返された結果、『漠然とした状況に対応した漠然とした歌が、状況と歌節の相互分節化を繰り返すことにより、だんだんと具体的な状況に対応した、より短い音列が作られるであろう。これらの過程で、音節の切り取り方とうい文法規則と、その一部がどのような状況に対応するかという意味規則とが同時に作られてゆく。』としている。

残念ながら、この”相互分節化仮説”は分かりづらかった。具体的な例をもう少しあげて欲しかったところだ。ただ、ポイントは突いているような気もする。

本著は200ページ足らずなので、気軽に読める。それでいて、”さえずり”が言語の起源なのだという、奥深い世界を理解させてくれし、研究することが忍耐の継続であることも教えてくれる。一つの研究が、多くの人の努力に支えているのだなあと感じさせてくれるのである。

著者の関連するHPをたどってみたら、興味深い研究が目に止まった。岡ノ谷情動プロジェクトである。この研究も興味津々ですね。
このプロジェクトの目的は、”包括的な動物コミュニケーション”が言語出現の源ですが、現代(=人類のコミュニケーション表現)においては、言語表現(=テキスト表現)が主流となり、コミュニケーション本来の情動(喜びや悲しみ、恐れ、驚き、怒り・・・)が十分に伝達できていないのではないか、という問題意識にたったプロジェクトです。応用例として、情動情報を付加できるブラウザとか符号化技術を活用した新しいメディア芸術表現とかを目指しているようです。このプロジェクトの成果に期待したいですね。要注目です。